父親の資格です。左側は「乙種坑内保安係員」です。1957年11月に合格取得しているようです。右側の講習修了により「普通保安技術」関係の受験資格が得られたのではないかと想像しますが、よくわかりません。
長野県東筑摩郡生坂村重で生活していて、鋼管鉱業差切炭鉱に父親が勤め、生活していました。爺が5歳ころに、鳥取県から祖父・豊福と祖母・ハツノが訪ねて来たのではないかと思います。
父親が東京に行ってなにか勉強したみたいな記憶がかすかに残っています。60年以上前のできごとでありました。
火薬の資格
父親が主に勤めていたのは「鉱山」でしたので火薬の資格は必須だったのでしょうね。
1954年の辞令
こちらの辞令「伍長二級」ということで職階を現わすなにかなんでしょうね…。
鉱業、採石業、砂利採取業などの業界では、職長、組長、伍長などという階層を形成していたようです。
父親35歳ころのことかと思います。