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PageTAKA's blog

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軍歴確認 その7:鳥取県への請求に必要な死亡除籍の写し、基礎自治体から送付される

記憶と記録の片々

昨日、陸軍で従軍しフィリピンで1945年(昭和20年)に戦死した叔父の「2親等」以内の者の死亡除籍を確認できる戸籍の写しが、本籍のある基礎自治体から届きました。

「2親等」というと、妻帯していなかった本人を出発点にすると、父母(1親等)、兄弟姉妹(2親等)、父方と母方の祖父母(2親等)となります。父母祖父母(6人)プラス兄弟姉妹(本人含め6人)の計12人が血族該当することになります。「2親等」というと実際には養子関係、姻族関係もあり、もっと多いのですが、ちょっと省略…。

基礎自治体からの戸籍写しを見ると、ひとりだけ別の基礎自治体本籍が移動しているので、そちらに請求をするようにと、メモ書きがありました。

今度はそちらの基礎自治体に問い合わせし、死亡除籍写しを発行してもらえる見通しを得て、発行申請をしようかという段取りです。

養子に行っていた父親の弟は関西で亡くなっていた

TAKAから見ると叔父のひとりで、父親のすぐ下の弟(1920年生まれ・軍歴確認対象の叔父とは異なる)は、1951年(昭和26年)に養子に行き、2004年に関西で没しているのがわかりました。父親が「下に●●がおったよ」と言っていた叔父さんのことがようやくわかったことになります。普通は、叔父の戸籍は、請求できませんが、今回、鳥取県の事務(軍歴証明)のため、ということで発行が認められたものです。

男兄弟ばかりだった

戦死した叔父に女兄弟というか、姉妹がいたとしたら、本籍追跡がさらに手間がかかるのだろうと思います。男兄弟ばかりでしたので、戸籍の移動も少なく、「2親等」以内のほとんどの死亡除籍を確認できたことになります。

「2親等」以内の死亡証明、などという面倒はやめて、「3親等」以内の者にも軍歴証明を認めてください、鳥取県殿

鳥取県の定めにより「2親等」以内でないと「軍歴証明」を請求できない、という出発点です。そして、「3親等」にあたるTAKAは、「2親等」以内の全員の死亡を証明しないと請求できないというストレスにぶちあたっています。

別件で、母方の戦死者(海軍)の軍歴証明を厚生労働省に請求しました。こちらは「3親等」まで請求できることになっています。関係を証明する戸籍の写しとTAKAの免許証のコピーを添えて郵送しました。すでに先方に届いていることと思います。今のところ何も言ってこないので、ひとまず請求は受理されたのだろうと思っています。

別件の海軍関係に比べ、格段に鳥取県(陸軍)への請求はストレスがかかります。同じ「2親等」という制限を個人情報の観点から「条例」で網をかけている別の県では、原則を堅持しつつ、「軍歴証明」については遺族や親族の「心情に配慮」して、「祭祀をおこなう者」という現実的な請求の「入口」を設けています。鳥取県でも、個人情報を保護するという課題と、親族が戦死した人を想う気持ちの両立を実現する道筋を見つけてほしいものです。

第2次大戦から年月が経過し、誰も顧みる公の資料を手に入れることができないかもしれない時代が来ているという現実…それが鳥取県関係では起こっている…。死を悼み、戦争が何だったのか、平和の有難さ、などなどさまざまな想いが頭の中でぐるぐる回りします。決して無駄死にではなかった、平和の礎になっているのだと思い至るためにも、戦死の事実を資料と向き合って見つめなおすことも大切ではないのかと…。