前説
思ったより長くなりました。爺自身の「ココロ」や「決意」(≒「欠意」かも…)を整理しておこうかと書き始めたのですが、長い…。つまり、自分のなかで整理がついていないということですね…グスン。
まあ、ともかく書く…のだぁ~。
手が見るべきところを教えてくれる、と想像
腕・手あるいは指先の形作る方向性などが視線誘導のひとつと爺は思っています。ポートレイト撮影だと、指先が示す方向にその人物の強調したいナニかがあることもしばしばです。また、靴の裏(接地面)が見えたりすると、普段見ないものが急に見え注意をひかれる、ということもあります。踊りの流れがわかれば、そのタイミングを計算に入れて、などということもできそうです…(爺にはむりだな…早々にアキラメル)。
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↓つながりTIMEの踊り手
も・もうちょっと手でつくった形が大きかったらイケメン顔がシッカリ写るのにな~とは爺の妄想…。写真は、あるようにしか写りませぬ(=原則)。一定の額縁効果もあるです。
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↓倉翔鬼の踊り手
前後がボケた状態で、真ん中の踊り手にピントがあるのがよくわかります。腕の水平具合もおよそOKで、衣装が作るグラデーションも画面を整理してくれてます。偶然の結果物ですが、爺的には、たくさん撮っていればこそこういう幸運にも恵まれる…。
繰り返しによる単純化
ヒトサマが単純になるわけではありません。踊りのフォーメーションというか、揃えて踊るということであれば同一パターンが発生する、というのは想像に難くありません。
↓旅鯨人の踊り手
こういうとき、どの人物にピントをもってくるかというのは、悩むんですよね。画面に占める面積は最前列が圧倒的に大きい。前ボケ・後ボケをつかうなら真ん中、というあたりがフツーかと…。今回の爺、「後方で演舞の踊り手」に焦点を当てるコトを夢見て(≒爺は無理だって、という声が聞こえそう)シャッタ切ったです。
うわっ! 時間切れだ。まとまってないけど、ここで記事(4)終了…。つづく…かな…