昨夜は「深津旅館 - Google 検索」で一泊させていただきました。
亡くなった阿毘縁のおじさんはそのまま病院の霊安室へ。泊まれる部屋はないとのことで、生山の宿を尋ねたら、深津旅館が近いということで、電話してから伺いました。
昭和30年代から旅館を営んでおられるそうです。夕食に出された山菜の中に「コウタケ」があったのかと思い、今朝方女将に尋ねると「クロッコ」というとか。
昭和45年ころ、爺が根雨高校に通っていたころの風景・記憶を少し思いだしました。日通の事業所があったこと、本屋さんはまだあること、毛糸・編物の教室だったかその場所が現在駐車場になっていること、などがわかりました。
本日は、病院の霊安室に多里からお寺さんに来ていただきお経をあげていただき、午前10時ころ、米子の火葬場へ運ばれ一泊、火曜日に火葬となり、多里に帰り納骨される、予定。
爺は、病院で見送ったのち、阿毘縁へ立ち寄り岡山に帰ろうかと…。
納骨まで一緒してやりたいのですが、葬儀欠席してでもという用事があり、しかたありません。喪主が誰で、墓の場所はどこで、というようなことも知らぬまま…ちょっと心残りです。
昨日のうちに、昨年夏に鳥大医学部附属病院で撮った写真を額に入れて用意したものを棺の上に置き、故人を偲べるようしました。まあ、できるかぎりのことで送ってやるしか…。人の体はひとつ、どうしても両立できないこともあるのだと、知らされました。