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PageTAKA's blog

写真、PC、ネット、岡山の話題をお届けします

原発ゼロをめざす岡山アクション○毎週金曜日お昼12:15から中国電力岡山支社周辺(岡山市北区内山下1-11-1)○連絡先:岡山県労会議内の実行委員会、086-221-0133

ガラス乾板の写真原版

父母の遺したものを整理していましたら、ガラス乾板の写真原版が2枚出てきました。
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どこかの神社境内、というような場所で写した5人の女性です。人物を大きくしてみると次のようになります。
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TAKAが特定できそうな人物は残念ながら…。
そして、向かって右の女性の肩にある標柱には「献木」「昭和」という墨書が読み取れます。
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写真乾板として板ガラスを使うのは1935年くらいまでの可能性が高そうだということがネット徘徊してわかりました。

仮に1935年撮影とし、セーラー服の女性が、当時15歳であれば1920年生まれ、ご存命であれば94歳、などということになります。軍事体制下の昭和20年近くであれば、着衣に名前などの縫い付けなどが見えるはずです。そういう風ではありませんから、昭和のわりと早い時期だろうと推測します。

父親が終戦までに所在したところは鳥取県、北海道、父方の祖父が所在したところは広島県鳥取県、母方の祖父が所在したところは徳島県、北海道、と思います。いずれに関係あるのかわかりません。まったくの無関係の方で、「個人情報」をネットにUPしたと怒られるのかも知れません。しかし、すでに手がかりがなく、このような形で情報の手がかりを求めるしかないことをご理解いただきたく存じます。何か手がかりが得られるとうれしいのですが…。

もう一枚は、スキャナで読み取ったのち白黒反転してもうまく画像が浮かび上がりませんでした。モチロン、いわゆるデジタル処理をやってみたのですが、結果に結びついていません。肉眼で見ると、軍服、どうやら陸軍のようですが、それを着用した人が見えました。